「(株)むかし野菜の邑」設立に向けて、

25.10.4(金曜日)晴れ、最高温度26度、最低温度15度
 
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全てはこの一握りの草木堆肥から始まった。
 
子供の頃、食べたスイカや瓜、畑で齧ったトマトや胡瓜の瑞々しい味と歯切れの
良い食感、鼻に抜けるどこか懐かしい甘い香り、それが野菜作りの原点であり、
美味しさの物差しでした。
 
農業を見よう見真似で、始めてから、10年経ち、ようやくたどり着いた草木堆肥に
よる土作り、そこで育った野菜の美味しさに接してからは、迷いは全てなくなり、
植物性の米糠・油粕などの肥料も排し、草木堆肥一本の施肥に徹した。
それから、さらに、10年を経過し、170余名のお客様と数軒のレストラン(=むかし
野菜を共有する仲間達)に支えられていた。
農業生産者の仲間もできた。自然農のお米や梨、自然農のさつまいもや栗、
天原木椎茸、草木堆肥を共有する野菜、生産者達などが新たに加わっていた。
今では彼らと共同出荷を行っている。
 
今まで辛いと思ったことは只の一度も無かった。有機栽培の基本である露地栽培
は自然の営みそのものであり、実に淡々とした年月であったように思える。
人も地球に棲む多くの生き物と同じであり、なるほど、生きるということはこういう
ことかと思える。但し、年々足腰が弱り始めてきた。
この自然循環農法=むかし野菜を後世に伝えることが一つの大きな使命であり、
今では、伝承者の育成が、自然界の子孫を残すという理と同じように、大事な
こととして私の全てとなっている。
 
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農園の初秋の風景
 
夏野菜が次第に
終わりに近づいている。
 
これから、二ヶ月で
畑は晩秋の秋冬
野菜へと衣替えを
していくことになる。
 
 
夕暮れ時は、オレンジ
色の穏やかな秋色に
染まる。
 
 
来年の初めから佐藤自然農園も次の段階へとシフトしていくことに決めた。
元より、これは農園を開いた時から決めていたことではあるが、二段階目の新たな
スタートをきる。
 
日本の農業、山に囲まれた山間地の多い国土、そこで営まれる地域の生活や文化
営々と築いてきた里山・水路・田園風景が壊れ始めていた。
農業、特に日本の集約農業の在り方、有機農産物の商品化、そして、結の制度の
ようなグループ農業、などを通じて、地域が豊かに生まれ変わることはできないのか?などと、思い上がった考えで、始めた農業ではあったが、すべてが人の小さな
欲により、頓挫してしまった。10数回繰り返してきた農業セミナーでその難しさに
思い知らされる。銀行員時代にそれは充分思い知らされたはずなのに・・・
 
今は、小さくとも理念を同じくする仲間達を結集すること、若いむかし野菜の伝承者
を多く産み出すことに考えを変えていった。
それは必然的に会社組織を作ることから始まる。
会社名はすでに「(株)むかし野菜の邑」と決めていた。
 
そこでは、「自然体の農産物」・「素朴さ」・「伝承の復活と再生」・「おしゃれさ」を
テーマとして、農産物及びその加工品の「質」を大切にし、「文」=分りやすく伝承
していくコミュニケーション能力を育成することに最も重きを置くことにしている。
食は本来、栄養価に溢れ、人の体を健全に再生してくれるもので無ければならず、
決して、アトピー・アレルギー・癌などの機能障害を引き起こしてはならない。
体だけではなく、心も癒してくれる、そんな農産物及び加工品を提供し続けていきたいと考える。
 
来る人は拒まず、去る人は追わず、を基本として、知りえた全ての知識や経験を
伝えることにしている。出来る限りその会社に残るか、あるいは、仲間になって
欲しいと願う。
私に残された時間は少ない。その間に多くの人達が結集し、知識や経験や技を
学び、後は、彼らがそのグループ及び会社を育てていって欲しいと祈る。
 
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露地栽培のパプリカ
 
その難しさとリスク
大きさは計り知
れない。
 
それでも土の力に
よって年々、うまく
育ってくれだした。
 
露地栽培のトマトや
パプリカの希少価値
を如何に消費者に
伝えることができるか
 
 
「(株)むかし野菜の邑」の事業内容及び目的
 
○農産物生産
 (自然循環農法に限る)
 
○農産物加工
 (自らが生産した農産物の素材を活かした加工事業とする)
 (漬物・味噌・干し野菜・黍粟などの製粉など)
 (保存料・添加物・化学調味料などは加えず、海草などのグルタミンの力は用いず
  野菜の持つ旨みを活かし、日本伝承の技法を復活再現する)
 
○農産物販売
 (共同出荷事業を行い、アンテナショップ立上げを当面の目標とする)
 
○飲食店
 (極力、グループに参加する農産物をメインにし、素材を活かした飲食を提供する)
 
○自然循環農業を心だしを持つ農業生産者の育成事業
 (将来的には農業学校を目指す)
 
これらの事業は私一代では達成できるものではなく、次の世代に委ねる物も多い。
それでもこの一石を投じなければ農業を始めた思いは達せられないし、次世代
への伝承ができず、多くの方々(仲間と言っているが)の期待にも答えられなくなる。
 
日本の農業は?地域は?どうなるの答えは次世代の承継者達に委ねる。
 
                                            終講、